Friday, December 11, 2015

[短編小説] チャンス ― 別れの道


あれ?

ふと気が付いた。

こちらに向かって歩いて来る人がいる。

さっきまで気が付かなかった。

誰だろうか。

頭がツルツルだ。

前髪がおでこの上にちょこんと付いている。


待てよ。

以前、ある人から聞いたことがある。

あれは、もしかしたらチャンスさんなのではないだろうか。


ツルツル頭にちょこっとした前髪。

イギリス紳士の Mr. Chance こと、チャンスさんではないだろうか。




徐々に近づいてくる。

顔や体の輪郭もはっきりしてくる。

確信は持てないが、チャンスさんに違いない。


チャンスさんと出会えるなんてラッキーだ。

チャンスさんはしょっちゅう訪れてくれる人ではないからだ。

次に彼が来るのはいつなのか、それは誰にも分からない。


チャンスさんは時に思いもよらぬ幸運をもたらしてくれるという。

それは驚くほど素晴らしいことだったり、人生の大きな転機となる出来事だったりする。


せっかく出会えたチャンスさんだ。

捕まえておいた方が良いだろう。


かなり近づいてきた。

チャンスさんを捕まえるには・・




どうやら、彼の前髪をガシッと掴むしかないようだ。


でも、チャンスさんを捕まえたら、あとあと、色々と面倒くさいのではないか。

食事を与えたり、話し相手になってあげたり。

予期せぬトラブルだって起きるかもしれない。

それってかなり面倒くさい。


だったら、そのまま素通りさせた方がいいのかもしれない。

そうすれば面倒は何も起こらない。

現状を維持できる。


でも、捕まえておけば何かが起こるかもしれないんだ。

素晴らしいことが起こるのかも。

もちろん、何も起こらないのかもしれない。

その可能性の方が高いのだろう。

でも、何も起こらないなりに何かが起こるのかもしれない。

なんとも言えない。

考えても答えは出ないか。


チャンスさんを捕まえるには、

手を伸ばして前髪をガシッと掴むだけだ。

簡単だ。


でも、動くのって面倒だ。

身体を動かすのって面倒だ。

うん、色々と面倒だ。


素通りしてもらおうか。

そうだね。


いや、捕まえるべきだ

・・とも思う。

面倒くさいけど。


いや・・


ああ、

次があるか。

そうだよね。

そうだ。

うん、次でいいか。


いや、でも。

心のどこかでは気になっている。

本当にチャンスなのかも。

だったら捕まえたい。

でも面倒。

次・・

かな。

次・・

だな。


ああ、そうだ!

どっちにしても今はできないじゃん。

理由を思いついたよ。

良かったー。

うん、今ではなくて、次だ。

でも・・

本当に次なの?


いや、


でも、


いや、



あ、チャンスさんが横を通り過ぎちゃった。











まあ、今回は仕方がなかったんだ。

そう。

理由があった。

うん。

理由があった。







本当にそう?

本当にそうなの?

それで良いの?

まだ今ならチャンスさんを捕まえられるんじゃない?


早くしないと本当にチャンスさんが行っちゃうぜ。

これで良いのか。

本当にこれで良いのか。


できない理由を無理やり探して、それに納得していただけじゃないのか。

やるのが面倒くさいから。

動くのが面倒くさいから。


本当はできるんじゃないのか。


本当はやりたいんじゃないのか。


本当は捕まえたいんじゃないのか。



そうだ。

まだ捕まえられる。


チャンスを逃したって?


ふん、どうかな。


だって、まだ、すぐうしろにチャンスさんがいるんだぜ。


チャンスさんを捕まえるチャンスはまだあるぜ。




うしろを振り返る。


案の定、チャンスさんはまだ捕まえられる距離にいる。


手を伸ばす。



チャンスさんに触れる。



つるん。




あっ










掴む場所がない。


えっ



つるん。












えっ






チャンスさん!



チャンスさん・・



チャンスさんは気にせずに歩いて行く。





チャンスさんはどんどん歩いていく。


チャンスさんはどこまでも歩いていく。




彼は行ってしまった。


もう手は届かない。


だんだんと小さくなっていく。


結局、チャンスさんは去って行ってしまった。

こちらを振り返ることもなく。



いや・・

いや、大丈夫さ。

だって、まだチャンスはあるから。

チャンスさんはまた来るから。

うん。

きっと来る。

それを待てばいいんだ。

そう、それだけだ。


今回のは・・ 多分チャンスじゃなかったんだ。

そうだ。

うん、チャンスじゃなかった。

だから仕方がなかった。

次がある。


次が。


次が


次が
















あれからどれくらい経ったのだろうか。

50年? 60年?

チャンスさんが再び僕の前に現れることはなかった。


時々考える。

あの時、チャンスさんを捕まえておいたら、どうなっていたのだろうか。

僕の人生は何か変わっていたのだろうか。


それは分からない。

分からないし、考えても仕方のないことだ。


でも、きっと・・



でも、きっと・・




何かが変わっていたような気がする。





考えても仕方のないことだけれども・・






(了)






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